約10秒の嘘?
我がこころ癒やすビージーズ流るるイヤホンの向こうから
「お疲れ様ですぅ!」の声。
そこには髪の長い、眉のしっかりした、たまご型のやや古風な顔があった。

ぎりぎりで相手を不安にさせないくらいの親しみを残して、表情が固まる。
だ、だ、だれだ?だれなんだ!?
見たところかなり若い。
全くもってコレと行き当たらない。
しだいに正直者の僕の顔に困惑の色がくっきりと。

ここからは瞬間芸の綱渡り。
よーいスタート!

困惑を相手には悟られるまい。
とりあえず「あ!」と思い出した風を装う。
いや装うというか…。
これは作戦なんかじゃない。
“つい”だ。
と同時に、明るく安心したような顔を作ってみせる。
帳尻合わせだ。

すると彼女、
「この前はお世話になりました」

お、新たな情報!
ギブ&テイク、等価交換だな。
しかしむむむ?
この前?この前っていつ?どこで?お世話?
疲労あたまをフル回転。
と、同時に、
気まずい沈黙を埋めようと、相手が誰なのかも分からないまま
先ほど同様“つい”口走ってしまう。

「あ、なんか、こんな姿(でっかいバッグを背に疲れた顔して地元スーパーにて買い物中)をお見せしてしまって…、なんか……」

無難だ。
いや違う。微妙だ。てか訳が分からない。
姑息すなわちその場しのぎとは、まさにこのこと。

「いえいえ」と彼女。

お!?
やった。話が通じた。
いや、通じたと言うより流された?
彼女の横には彼氏らしき男子。
真意は掴めないが、彼はちょっとムッとしている。
そんなこと気に留めてなんかいられない。
ひどく疲れてる僕は、ともかくこのささやかな困難から逃げ出したかった。
だもんで、そそくさと別れのひとこと。

「あ、じゃあ、また、お疲れさまー」

の!
の、言葉の途中で、膝は打たずとも「はたーっ!!」
へっぽこ頭脳のディレイな働きにより、彼女の正体が判明した!

2月に母校のサテライト公演に出たときに、
受付を手伝ってくれていた一年生の女の子の一人。
あのとき彼女は、羽織に袴姿で受付係。
お世話した覚えは全くなく、むしろお世話になりました。
覚えててくれて、しかも声を掛けてくれたなんて、嬉しいことだな。
昔好きだった人に少し似てるな、と思った子。
彼氏と思しき隣の男よ、もしそうなら大事にするんだよ。

別れ際の振り返る一瞬に、そんなことを思った。

約10秒のできごと。



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